2006年01月05日

■質問

【人はどうして生きているのでしょうか?】


いきなりぶっ飛んだ質問をしてしまってごめんなさい。ちょっとした試みとして「ぼくのほうから読者さんに質問をしたら、どのぐらいレスが返ってくるのだろう」ということに興味があったので、訊いてみました。

質問の内容についてはアレコレと悩みました。「いきなり重々しい話題を振っても誰もコメントしてくれないんじゃないか」とも思いました。でも、ぼくが十代の頃から一番気になっていることなので、あえて思い切ってこの質問を選ばせていただきました。

ちなみに補足しておくと「ぼくが気になっていること」とは「自分についての生の意味について」ではありません。(そんなものは自分1人だけで悶々と思い悩めばいいことです)
そうではなく「ぼく以外のみんなは『自分が生きている意味』について、どのような解釈をしているのだろう、どのような答えを持っているのだろう」ということに関して興味があるのです。

こういうことって、初対面の人にはなかなか訊けないと思うんですよー。「こいつ頭オカシイんじゃないの?」って思われるから。ドン引きですよね。逆に90%ぐらい親密な友人にも訊けない。照れくさいから。唯一訊けるのは、本当の意味で「気の置けない仲」と呼べるような友人だけ……。なのですが、それだと数が少な過ぎて参考にならない。「みんながそう思っているのか」それとも「限られたごく一部の人たちだけがそう思っているのか」……全然わからないのです。

というわけで、この場をお借りして質問させていただくことにしました。

言うまでもなく、この問いに答えはありません。なので、ぼくのほうから反論したり、意見を言ったりすることは絶対にありえないです。宗教的な答えでも、論理的な答えでも、感覚的な答えでも、なんでもかまいません。あらゆる主義主張を尊重します。理由さえ問いません。1行レスで全然OKです。とにかく皆さんの【言葉】が聞きたいのです。

ただしひとつだけお願いがあります。ぼくの直接の知り合いの方も、そうでない方も、なるべく「いつもとは違う別名」を使ってください。つまり『ぼくにも、読んでいる人たちにも、誰が書いたコメントなのかわからないようにしてください』ということです。理由は2つあります。「余計な先入観を排除するため」と「本音が聞きたいから」です。ご協力いただければ幸いです。

かなりディープな質問かもしれませんが、本当に軽いノリで、遊び感覚で、書き込んでいただければと思います。ではよろしくお願い申し上げます。

(レスが1つも付かなかったら嗤ってやってください(^-^; だとしても「レスが無いこと」というレスポンス自体に意味があるような気がします。...と早々にexcuseしてみたり...(´・ω・`; )

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1. ■芥川龍之介  [ メカ文書β ]   2006年01月12日 20:25
【河童:十一(哲学者マッグの書いた「阿呆の言葉」】  最も賢い生活は一時代の習慣を軽蔑しながら、しかもそのまた習慣を少しも破らないように暮らすことである。
2. ■Atheist?  [ メカ文書β ]   2006年01月12日 20:25
01月05日の記事【質問】について、皆さんからいくつかのコメントを寄せていただきました。以下はそれに関連した記事です。

この記事へのコメント

1. Posted by UNKNOWN    2006年01月05日 13:05
欲があるから、かな?
大なり小なり気掛かりなことは誰にでもある。
一見無欲に見える赤ん坊でさえ食欲という欲はある。
欲は生のシンボルのような気がする。

ただこれは仏教では煩悩を指すのだろう。しかしそれでも欲は生きるのに不可欠だと僕は思う。
2. Posted by 日々精進    2006年01月05日 18:07
人が生きるというのは、人同士で影響を与え合うことだと思うし、
それは、よりよい存在に成長していくことに繋がると思う。
小さく見ればその人本人、大きく見れば人類全体といっても
いいかもしれない。僕はそのことを勝手に信じていて、
どうせ影響を与え合うなら、自分の一番好きなことで
他のの人に影響を与えたいと思っている。
それが一番他人の心を揺さぶれそうだからかな。
だから自分の生み出す作品に力を込められるんだと思う。
3. Posted by UNKNOWN    2006年01月05日 18:25
すみません。
説得力がないので補足・訂正します。

率直な話、私は自分が生きているということを実感として認識していません。
そもそも人間は生きているということを論理的に説明できないはずです。
なぜなら、生の対極である死を客観視することができないからです。
死を実感できない限り、人間は生を実感することもまたあり得ません。
だからこそ人は宗教によって生を実感しようと、古代より努めてきたのではないでしょうか?
4. Posted by UNKNOWN    2006年01月05日 18:26
生きながら死んでいるのか、死にながらも生きていると言い張るだけか。
数年前から私はよくこんな問いを自問していましたが、まさにそれは上記の理由からだと最近になって気がつきました。
それを気がつかせてくれたのは芥川龍之介の『河童』でした。
河童は生きる理由がなくてはそもそも生まれません。
河童は死んでなお生きているかのように欲を持ち続けます。
それは生死の境を狂わせるような解釈です。
5. Posted by UNKNOWN    2006年01月05日 18:27
また遺書では『所謂(いはゆる)生活力と云ふものは実は動物力の異名に過ぎない。』『「生きる為に生きてゐる」我々人間の哀れさを感じた』と記しています。
前述の引用は前回の欲云々に繋がる考えですが、生きることは実にシンプルな動物的欲求に過ぎないということです。
そして後述の引用は、そんな理由のない生を謳歌する人間とは、目先の取るに足らない事象のために生きている存在に過ぎないということです。
それは問う必要さえないほどの簡潔な回答に行き着きます。

所詮、生きることを客観視できない人類は、未来永劫「生きる為に生きてゐる」と説明するしかありません。
答えにもならない答えですが、答えられないことが真実なので、恐らくこれは真実なのでしょう。
6. Posted by UNKNOWN    2006年01月05日 18:44
(注)
補足の最初に対極と書いたのは、熱いという感覚を知るには冷たいという感覚を知らなければ分からない。うまいものを食べたとき、まずいものを食べたことがなければ、それがうまいとは感じないということと同じ。逆もまた然り。
死を感じられなければ、生を感じられない。
あくまで、二つで一対。二つを知らねば分からないという考え。


補足の補足ですみません。
また、随分長々と書いてしまって、お見苦しいですが、説明が難しかったものでご理解願います。

失礼しました。
7. Posted by RS    2006年01月05日 22:06
身近には、生きているのではないか?
と思わされる「物」がありますが
「物」と「人」との明確な違いは感情があるかないかではないでしょうか。
人は感情があるから生きているのだと思います。
逆説的に言えば感情の無い人間は生きてはいない、とも
8. Posted by 由宇    2006年01月06日 03:14
流されるままに生きているだけ、かな。。。
9. Posted by Hagane    2006年01月06日 11:55
まずは書き込みをしてくださった皆さんに、心から感謝いたします。
冒頭では「一切コメントはしない」みたいなことを宣言してしまいましたが、逆に「質問を投げっ放しにして何も語らないのも失礼かもしれない」と思い、改めて本記事のほうに『芥川龍之介の引用文』を掲載させていただくことにしました。言うまでもなく、芥川を選んだのはUNKNOWNさんの書き込みに呼応したためです。しかしながらこれは、UNKNOWNさんだけに対するレスというわけではなく、書き込みをしてくださったすべての皆さんに対するぼくなりの応答を意味しています。
少し長くなってしまったので、このコメント欄ではなく、本記事のほうに掲載させていただきました。目をとおしていただければ幸いです。
10. Posted by kuma mania    2006年01月06日 19:34
最近読んだ本に、こんなことが書いてありました。
「灯生じて暗滅し、灯滅して暗生ずるがごとし。それは、有罪の人が死に瀕しおると、地獄には地獄の衆生が一人生まるると期待する。その人また気力を取り戻すと、地獄の方では今生まれかかった地獄の子が難産で流死しそうだとわめく。いよいよその人死して眷属の人々が哭き出すと、地獄ではまず無事に生まれたといきなく」。
生きながら死んでいるのか、死にながらも生きていると言い張るだけか。
それはたんに、視点の問題なのかもしれません。
11. Posted by vashne    2006年01月08日 11:39
自分が生きた証を探す為に、自分の生の意味を見つける為に、人は生きてると思います。
12. Posted by みかん    2006年01月09日 13:54
しょうがないから。
でもそう思うと負けた気がするから、何とか意地を張って意味ある物に見せかけたい。
しょうがないと思いつつも、そうでない状態=生きてない状態が未知なもので怖いから。

夢もロマンもない言い方だけど、それはともに自己=生き物としての原始的な欲の為なんじゃないだろうか。
どうせだったらいい思いをしたい、悪い思いをしたくない、それが生きている理由かと。
具体的に意識することでなく、本能的な意味でですが。

なんか頭よくなさそうな意見で申し訳ないです。
13. Posted by モニメント    2006年01月09日 19:48
かつてニーチェが言った様に
生きる意味「そんなものはない」と思います。

そういうことを考えなくて
人との繋がり、時代の流れにのっていくことが
自分が意識しなくても
「生きてる」ってことになるんじゃないでしょうか。
14. Posted by 00101    2006年01月10日 18:26
より良い死をむかえるためでしょうか?
死ぬことなんて考えたくない?ご冗談を。人が恐れるのは死に至る生です。
15. Posted by Hagane    2006年01月12日 20:17
>>ALL
みなさんの書き込み、たいへん興味深く拝読させていただきました。ご協力、感謝いたします。前回と同じく、応答につきましては本記事のほうに掲載させていただきました。お読みいただければ幸いです。
16. Posted by 通りすがり    2006年02月06日 15:09
めちゃくちゃ遅いコメントですが、自分も訊きたくても訊けない言いたくても言えないクチなので思いついた事を書き込んでみると

「生きる事自体が生きる事を望むから」

ってとこでしょうか
17. Posted by 彼    2006年02月08日 00:36
「生きる意味」と言っても、自分の考えの中では「存在」として、「生命」として、或いは「人生」としての大体三つくらいに分かれるんですが―
この場合は「人生」としてって事でしょうか。

極々平凡(?)で申し訳ないですが、結局のところは「死までの暇潰し」だと考えてます。
勿論何も考えずに唯、生きるわけでなく、限られた期限の中で気持ち良く生きる事、それを目標に努力すること。
人生に措いては過程自体に意味があると考えます。

例えば、仕事で疲れても、その後の解放感は自身に充足を与えてくれるものですし、
仕事で稼いだお金を趣味に費やすのも、生きる糧になると思います。


実際のところ大きな意味はなくて、些細な幸福感を得る為に生きている。
人生の中でどれだけ地位を得て、権力を得ても、死後に残るものは在りません。
だから、日々をより楽しく生きること、生きようとする事自体に意味が在るかな、と自分は考えてます。
18. Posted by Hagane    2006年02月10日 09:44
>>日々精進さん >>UNKNOWNさん >>RSさん >>由宇さん >>kuma maniaさん >>vashneさん >>みかんさん >>モニメントさん >>00101さん >>通りすがりさん >>彼さん
 ご協力感謝いたします。たいへん参考になりました。皆さんの考え方には多少の違いはあるにせよ、こうして見ると、ある1つの共通項が見出せるような気がします。果たしてその共通項とは、今の時代を反映してのものなのか、それともこの場だからこのような回答が揃っただけなのか……。(たとえば、コメントの流れからいって、まったく違う考え方をしている人は書き込み難かったのかもしれませんし)
 今はそこいらへんに興味があります。【Atheist】の記事を載せたのも、もともとはそれがキッカケだったりしますし。
 この【■質問】は、シリーズ化して今後も続けていければなぁ〜と思っております。これに懲りず、次回もご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。

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